シセイ 07



やめろ。

やめてくれ。
彼を傷つけないで。
彼を汚さないで。殺さないで。
彼を、誰も、引き裂かないで。もうそれ以上。

いやだ。嫌だいやだ見たくない。見たくない、こんな残酷な。

――――――― ッ!」
「ライドウ!」

どうした。すっごいうなされてたぜと心配そうに覗き込む灰色の瞳に、ゆっくりと現実が戻ってくる。

なんでもないよ。いやな夢でも見ていたらしいと誤魔化す私を、彼は怪訝そうに見る。
ああ、誤魔化しきれない。その瞳の前では私は私を失う。
(いや、違う。本当はずっと前から。彼を失ってからずっと私は私を喪って)

本当に大丈夫か、と重ねて問うそれから逃れるために。
すまないが珈琲でも淹れてくれないかと、少しだけ笑んで見せた。




◇◆◇




カリ、カリリと豆を挽くミルの音を聞きながら。
少しずつ増していく芳しいその香を嗅ぎながら。
私は私の内から、もう呪いのように一度も離れない疑問を思う。

彼はどうやって喪われたの、だろう。あの最強の悪魔が。
安らかであれば良いと願いながら、そんなはずは無かったろうと理性が残酷に囁く。

何度も夢に見る。何度も。
何度も彼は残酷に引き裂かれて蹂躙されて殺される。
そんな彼の姿を見るぐらいなら、いっそ自分をといつも願うのに。
彼をそんな目に遭わせるような輩など、皆殺しにしてしまいたいといつも思うのに。
いつも、この無力な手は、届かない。

ルシファーが言ったことが真実なら、また彼はいつか再び地上へと生まれいづる。
汚されて、引き裂かれて、殺されるために生まれる。

できることなら、その前に。
私が。
誰よりも先に、彼を見つけて。

私が――――


「ライドウ」

珈琲入ったよ。疲れてるみたいだし今日は多めに砂糖入れるか、と尋ねられて、
お願いするよと私は笑顔を作る。


……この少年は、違う。
コレは彼じゃない。
でも。優しくて悲しくて、傷ついているのは、同じ。
その傷と闇の深さは違うけれど、苦しんでいるのは、同じ。

そんなことを思っていたから。私はこの少年が思いつめたように落とした言葉に酷く動揺したのだ。



「……なあ。俺じゃ、そいつの代わりになれない?」




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夢に見る。この手は届かない。多分もう二度と。
見たくない。見たくなかった。そんな、残酷な。