「なるほど、これがその“絵”か」
確かにコレは魅力的だ、と舐めるようにその黒い模様にそってなぞる視線に鳥肌が立つ。
この猟奇好きの変態爺が“何”を考えて笑んでいるか、俺には嫌になるほどよく分かるから。
「未完成、なのが惜しい。完成した作品は本当に無かったのか?」
「無かったよ。それがまだ一番たくさんその模様が入ってた」
結局俺は、どこか俺に似た、一番新しい絵は選べなかった。選ばなかった。
だって、ソレには模様が入ってなかったから。それじゃ俺の飼い主が納得しないから。
(選ばなかった理由は、本当はそれだけじゃないだろ?)
自分で自分をあざ笑う自分を自分でうるさいと罵って、俺は小さく舌打ちをする。
「ふむ。どうするか」
少しの間、考え込んだ飼い主が面白いことを思いついたように、ニヤリとその汚い顔を歪める。
「おい、彫師を数人調達して来い」
「彫師、ですか?……ですが、この模様を彫った者はこの帝都には居ないと」
もう調査済みですのに、と、怪訝そうにする側近にその悪魔は残酷な言葉を付け加えた。
「彫師と、あと、彫る材料も十体ぐらい調達してこい」
――― この絵に良く似た、16,7ぐらいの少年をな。
◇◆◇
「なっ!何考えてんだよ!彫る材料、って何だよ、それ!!」
承知しました、と側近が去った後、俺は飼い主にその恐ろしい指示の真意を問う。
「引きずり出してやるんだよ、あの忌々しい神を」
「引きずり、出す、って、どうやって」
「唯一執着するこの絵の少年そっくりに刺青を入れた死体を、帝都中に転がしてやれば」
激昂して、あちらからやってくると思わないか?
「そこまで、しなく、たって」
口ではそう言いながらも、確かに、効果的だ、と俺の頭の中で残酷な理性が言う。
彼が愛するのは絵の中の少年。その少年が愛したであろうこの都、この国、この人々。
幾重もの意味でそれを蹂躙されたなら、彼はどれだけ深く怒るだろう。どれだけ深く傷つくだろう。
………どれだけ、深く、悲しむだろう。
(やめろよ。やめてやれよ。アイツは、今でもあんなに傷ついてるのに。悲しんでるのに。
その傷口を開いて、ほら治っていないだろうって、嘲笑うなんて酷いまね、やめてやれよ!)
「ふん。その材料の子供どもに同情か?お優しくなったものだな、お前も」
黙ったままの俺の心中を誤解したのか。
あの神の影響か?と苦々しく問うてくる飼い主に、俺の背中がゾクリと音を立てる。
「そういう、わけじゃない」
「そうか。まあ、そう心配するな。そしてお前が気に病む必要も無い」
(え?)
予想外に優しすぎる、言葉と声に、俺の何かが、危険だ、逃げろと叫びだす。
「なぜなら」
――― なぜなら?
「最初の刺青の材料は、お前だからだよ」