シセイ 09



「なるほど、これがその“絵”か」
確かにコレは魅力的だ、と舐めるようにその黒い模様にそってなぞる視線に鳥肌が立つ。
この猟奇好きの変態爺が“何”を考えて笑んでいるか、俺には嫌になるほどよく分かるから。

「未完成、なのが惜しい。完成した作品は本当に無かったのか?」
「無かったよ。それがまだ一番たくさんその模様が入ってた」

結局俺は、どこか俺に似た、一番新しい絵は選べなかった。選ばなかった。
だって、ソレには模様が入ってなかったから。それじゃ俺の飼い主が納得しないから。

(選ばなかった理由は、本当はそれだけじゃないだろ?)
自分で自分をあざ笑う自分を自分でうるさいと罵って、俺は小さく舌打ちをする。

「ふむ。どうするか」

少しの間、考え込んだ飼い主が面白いことを思いついたように、ニヤリとその汚い顔を歪める。

「おい、彫師を数人調達して来い」
「彫師、ですか?……ですが、この模様を彫った者はこの帝都には居ないと」

もう調査済みですのに、と、怪訝そうにする側近にその悪魔は残酷な言葉を付け加えた。
「彫師と、あと、彫る材料(・・)も十体ぐらい調達してこい」

――― この絵に良く似た、16,7ぐらいの少年をな。




◇◆◇




「なっ!何考えてんだよ!彫る材料、って何だよ、それ!!」

承知しました、と側近が去った後、俺は飼い主にその恐ろしい指示の真意を問う。

「引きずり出してやるんだよ、あの忌々しい神を」
「引きずり、出す、って、どうやって」

「唯一執着するこの絵の少年そっくりに刺青を入れた死体を、帝都中に転がしてやれば」
激昂して、あちらからやってくると思わないか?

「そこまで、しなく、たって」
口ではそう言いながらも、確かに、効果的だ、と俺の頭の中で残酷な理性が言う。

彼が愛するのは絵の中の少年。その少年が愛したであろうこの都、この国、この人々。
幾重もの意味でそれを蹂躙されたなら、彼はどれだけ深く怒るだろう。どれだけ深く傷つくだろう。
………どれだけ、深く、悲しむだろう。

(やめろよ。やめてやれよ。アイツは、今でもあんなに傷ついてるのに。悲しんでるのに。
その傷口を開いて、ほら治っていないだろうって、嘲笑うなんて酷いまね、やめてやれよ!)


「ふん。その材料の子供どもに同情か?お優しくなったものだな、お前も」
黙ったままの俺の心中を誤解したのか。
あの神の影響か?と苦々しく問うてくる飼い主に、俺の背中がゾクリと音を立てる。

「そういう、わけじゃない」
「そうか。まあ、そう心配するな。そしてお前が気に病む必要も無い」
(え?)

予想外に優しすぎる、言葉と声に、俺の何かが、危険だ、逃げろと叫びだす。

「なぜなら」

――― なぜなら?

「最初の刺青の材料は、お前だからだよ」






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他人の大切なモノをふみにじって喜ぶ人間ほど最低の輩は居ませんね。