ここは、僕の部屋か。
見慣れた天井を視界に入れながら、息を、つく。
やはり、夢だったか。ひどい夢もあったものだ。
とりあえず、水でも飲むか、と動きかけて。
両手足が拘束されているのを、知る。
ご丁寧に、猿轡、まで。舌を噛まぬように、か。そんな態で。
……どうやら、何かに縛られて、ベッドに、固定されて、いるのか?
少し焦って、自分の置かれた現状を、確かめる。
背広と、ズボンは身に着けて、いない、が、今のところ、体に異常は無い。
上は下着と、ワイシャツ、のみ。下衣は、……下着のみのようだ。
まあ、とにかく無事、か。暖房は動いているし、布団もかかって、いる、ので、寒くは無いが。
とっとと拘束を逃れないと、生理現象は困るな。
思いながら、首と視線を動かし、視界に入る手首の拘束に使われているソレを認めて。
僕は自分をあざ笑う。
手首にくいこんでいる、のは、彼に贈った、ネクタイ。
クリスマスプレゼントのお返しに、と、鳴海さんと選んだ、綺麗な菖蒲色の。
――― では、やはり、まだ、夢の中か。
さっきの悪夢よりも、更に深い悪夢へと落ちた、ようで、僕は眼を瞑る。
……おそらく、これは、僕の、願望。だ。
我ながら、浅ましい。
あの涼やかな、人が、僕を束縛してくれるはずなど、ないのに。
考えるだけで、彼の笑顔が脳裏に浮かぶ。不必要に優秀な、己の記憶領域が忌々しい。
由良、さん。……優しい、人。優しくて、残酷な、人。
微笑めば、微笑み返して、くれる、から。話しかければ、嬉しそうに答えてくれる、から。
何かに、誘えば、付き合ってくれる、から。好意を持ってくれているのかと、期待、させて。
……誰にでも”そう”なのだと、残酷な真実を思い知るまでに、そう時間は、かからなかった。
瞳を閉じると逆効果な、ことに気付いて、僕は眼を開く。それでも面影は離れない。
優しい、にこやかな、少年の擬体を持つ、悪魔のような男。
貴方のせいで、僕の心はメモリリーク※を頻繁に起こしているのですよ、と詰ったら、
あの、笑顔はどんな、表情に、変わるの、だろう。
……意外にあっさりと、じゃあ、”再起動”して、要らないモノ全部消そっか、とか……言いそうだ。
夢の中でまで、自分で想像して、自分で落ち込む自分が、情けない。
生まれて、初めて、好きになった、人。
こんなに誰かに夢中になったのは、初めて、なのに。
いや、初めて、だから。か。
どうすれば、相手が振り向いてくれるのかが、わからない。
どうすれば、この気持ちをうまく、伝えられるのか、分からない。
どうでもいい相手は、いくらでも簡単に振り向いて、くれるのに。
どうでもいい相手なら、僕の迷惑など考えず、向こうから、その感情を押し付けて、くる、のに。
でも。どうしていいか分からない、その理由は、あの人がツレナイから、だけじゃない。
僕はきっと、怖いのだ、あの人に近づくのが。
僕には……あの人に触れる資格も、触れられる資格も、本当は、無い、から。
やがて、聞きなれた、カチャとノブをひねる音がして。
キィと開いた自分の部屋のドアから、現れた、その、人を、見て。
僕は再び、自分の浅ましさに。
笑った。
◇◆◇
「良かった、気がついたんだ。ライドウくん」
ああ、ごめん。スーツが凄いことになってたから、応急処置してたんだけど。
君。ものすごく暴れてて。怪我しそうだったから、慌てて、そのへんの物で縛ったんだけど。
すぐ、はずしたげるね。えっと、痛くないようにしたつもり、だけど。大丈夫かな?
優しくて美しい音。どこか焦ったような、それでいて安心した、ような。
「あ、先に、こっち外さないと、だね。君、舌を噛もうとしたんだよ、もう、ビックリ……」
僕の口を開放した、貴方の言葉が止まった理由は、分かる。
「ライドウ、くん?」
貴方を凝視する、僕の瞳は、きっと、いつもの、それじゃ、無い。
「どう、したの?まだ、苦しい?水、持って来ようか?」
戸惑ったような、声。……夢、なのに、本当に貴方は、いつもどおり、だ。
「と、とりあえず、コレはずすね」
そう言って、僕の手首に触れる指を知覚した瞬間。
「やめて、ください」
やっと、僕は、願いどおりの台詞を、発することが、できた。
「やめて……って?」
虚を突かれたような、あどけない表情。ああ、ホントに現実の、よう。
「そのまま、に、しておいて、ください」
夢、でも、いい。貴方に縛られて、いるなら、そのまま、で。
「ラ、ライドウ、くん?」
「由良、さん」
「何?」
傾げた首が、貴方をより幼く、見せ、たまらず、僕は本音を綴る。
「貴方、本当は、知っているのでしょう?」
――― それは、夢だから、言える。こと。
「何、を?」
怪訝そうな、声。
「僕が、貴方を好きだって、こと、本当は、貴方、知っているでしょう?」
驚いたように瞬く、灰色の瞳。
「知っているのに、気付かない振りをする、ってことは」
僕のこと、好きじゃないって、ことですよね。
好きなら、気付いたら、喜んでくれます、よね。受け入れてくれます、よね。なのに。
――― それは、夢じゃないと、言えない、こと。
「ラ、」
何かを言いかける、彼の言葉を慌てて、僕は止める。
「いいんです。答えなくて。貴方の優しい嘘など、夢でまで聞きたく、ない」
「夢?」
「ええ、夢」
夢から覚めたくなくて、彼の優しくて冷たい拒絶を聞きたくなくて、僕はただ言葉を紡ぐ。
「さっき、悪魔に犯される夢を見たんです」
でも、嫌で。貴方以外の何かに触れられるのが、嫌で、たまらなくて。
それで、舌を噛もうと、したのに。貴方が、止めて、しまったんです、よね。
たぶん。いいえ、きっと、それで、楽になれたのに。
「楽、に?」
ええ、だから、責任とって、ください。
「責任?」
――― それは、夢ですら、言えなかった、こと。
「愛して、います。だから、」
……このまま、僕を抱いて、ください。由良、さん
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※メモリリーク=コンピュータの動作中に、使用可能なメモリ容量がだんだん減っていく現象。
OSやアプリケーションソフトが、処理のために占有したメモリ領域を、何らかの
理由で解放しないために起きます。メモリが減ると、当然、システムの性能が低下したり、
不安定になったりします。手っ取り早い対処法は、……リアルで再起動。