サクラモリ 07



今日は天気もいいし、午後から花見に行こうと、準備していたのだと、語るカオルに、
それいい!俺達も行きたいー!!と、当然ながら叫ぶ静夜とキョウの熱意に押され。

コウリュウお勧めの、人の知らぬ桜の名所にやってきた6人と一匹は、
カオルお手製の弁当に舌鼓を打ちながら、緑の内に淡い紅を魅せる山桜に、酔う。

「今日は、しかし、またどうしてわざわざ」
お二人まで、静夜君と響君に同行を?
義理の兄二人の杯に飲み物を注ぎながら、どこか心配そうに、怪訝そうに問うライドウに

「おそらくは、散る桜花が苦手な同好の士に、会いに」と静かに氷川は呟き。
「お、お前もそうかぁ。M字!・・・気が合うなぁ」と、豪快にダンテは笑い。

そして。

自分の相方が、嫉妬深い”夫”を相手にしている隙に、静夜とキョウはこそりとシュラと囁きあう。

「やー。ホントはさぁ」
(ちょっとでも、不幸っぽかったら、さらっちゃおうと思ってたんだけどさぁ)

「あ、静夜も?」
(俺も俺も。だって、相手が相手だからなーって、思ってたんだけど)

ライドウに聞こえないように、耳打ちされる不穏な言葉にシュラはきょとん、とする。

「・・・で。”思ってた”、ってことは、今は、納得いった?」

「うーん。納得いったと言うか何と言うか」
「納得せざるを得ない、というか・・・なぁ?」

疲れたような白い目で二人が思い出すのは、先ほどの、戦闘解除の後の大騒ぎ。



「カオルさんっ!また火傷ですかっ!!」

「・・・へ?ライドウ?・・・あれ?氷川さんとダンテさんは?」

「ど、どどど、どこを火傷したんですかっ!ええい!貴女の白魚のような指を傷つけた不届きモノはどれですか!早速始末しなければっ!ああ、それより早く冷やさないと痕が残ったら大変です。あ、もちろん痕が残っても、僕の貴女への愛情が減るはずも無いのですけれどね。いいえ、それどころか僕の為に料理していて、残った傷跡と思うだけでもう僕は息が止まって死んでもいいぐらい・・・」

「(またか・・・)・・・頼むから。正気に戻って。ライドウ」



・・・地獄の業火、絶対零度を操る混沌王が「アチ」と一言つぶやいただけで、あの大騒ぎ。

((ああ、もう。どれだけ愛されててどれだけ幸せかって、よく分かりましたよ。ええ))

どこか投げやりな思考に走りつつも、それでも、照れたように頬を桜色に染める、弟(今は)を見て。
二人の兄達も嬉しそうに、笑った。





◇◆◇




一方コチラは、夫サイド。

話題が無くなり、会話が途切れたその後に、思い切ったように。

「お二人は、『(あさ)()が宿』と、いう話をご存知か」
と。唐突に言葉を落とす黒い青年に、氷川は眉を寄せ、ダンテはきょとんとする。

「『浅茅が宿』。・・・雨月物語の一、と、記憶しているが」
「どんな話なんだ?氷川」
「・・・昔の話だよ。アメリカ人。・・・美しい妻を置いて、夫が稼ぎの旅に出るのだが」

――― 商売に成功した男は、長く妻の元に帰らず。けれど貞淑な妻は言い寄ってくる男共の誘いをはねつけて、独り、夫を待ち続け。紆余曲折の末、七年後にやっと夫は妻の待つ家に辿りつく。

「いい話じゃねーかー。で、後はめでたしめでたしかぁ?」
「『人魚姫』を”リトルマーメイド”にしてしまう君の国なら、おそらくは”そう”するのだろうな」

「おいおい、天下のディズニー様に喧嘩売るのかぁ?・・・で、どうなるんだ?その後」
「・・・互いに愛しい心を語り合った夫婦が、再会の喜びの内に共に寝た、次の日の朝」

――― 目覚めた夫は、己が独り、廃屋で寝ていることに気付く、そういう、話だ。

「・・・」

だから、全ては夢。語り合った声も、抱きしめた体も、触れ合った肌も、何もかも。
妻は。あんなに美しかった、優しかった、愛しい妻は、もう、とっくに。

・・・でも。
会いたくて。
一目だけでもいい。愛しい人に会いたくて、魂だけになって、ずっと、待って。

その哀しい、結末に。
その場に落ちた黒い沈黙の後を引き受けるのは、冷たいほどに涼やかなライドウの、声。

「ときどき、夢ではないかと、思うの、です」

幸せで。幸せすぎて。・・・不安で。
これは、”優しい誰か”が紡いでくれた、儚い夢なのでは、ないかと。

本当は。
本当は、彼は、どこにも、居なくて。
目覚めれば。本当に目覚めれば、僕は、一人で、ここに。そして。
(今も、本当は、今も。彼は、独り、苦しんでいるのでは、ないかと)






◇◆◇



「・・・胡蝶の夢、邯鄲の夢、の喩えもある。ライドウ君」
どちらが現で、どちらが夢か。愚かな人に判別できるはずもあるまい。
ただ、我等は、あの花の元で美しい夢を見続ける、のみ。

「では、・・・守られているのは、どちらだと?」
・・・それもまた、我等は知る由も。と、静かに氷川は返す。

「ただ、我等が幸せであることで、あの花が笑っていてくれるなら。喩え夢と分かっていても」
まどろみ続けてやりたいと、思う。

そう言われても、俯いたままのライドウに、かけられるのは意外なほどに優しい、声。

「・・・何。君だけでは無い」
私も怖くてな、一度も静夜に聞いてみたことは、無い。・・・これは夢か、と。

「「・・・怖い?」」
あなたが?お前が?と、意外そうな言葉に返るのは、苦笑。

「ああ。あっさりと、だな」
”あーバレちゃったー?だったら、しゃーないわ。バイバイ。楽しかったぜ”
・・・とか言って、散っていってしまいそうだと、思わないか。

自分で言ってて落ち込んだのか。はぁ、と溜息をつく男を慰めるようにダンテが笑う。

「何だよ。湿っぽいなぁ。ちなみに俺は聞いてみたぜ?これは、お前が紡いだ夢かってな」
「「・・・キョウ君は何と?」」

・・・さすが空気を読まないアメリカ人!!と、褒めているのか貶しているのか分からない感想を
持ちながら、も、二人はそう、問うてみる。

「何とか言ってたなー。ええと。イチゴが何たらって」
「「苺?!」」

んーと、何だったかなー。・・・ああそうだ。

一期(いちご)は夢よ ただ狂え」
「・・・」

何だそりゃって、聞いたら、ダンテが俺にそのコトワリをくれたんだよって、笑って。
イチゴがドリームでマッドなコトワリって何だ?とか、思ったから覚えてたんだけどよ。
まー、アイツが嬉しそうにしてるから、それでいいかとか思って忘れてた。

「・・・・・・」

”何せうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂え”
(まじめくさってみたところで何になる。しょせん、人の世など夢。面白おかしく遊んで暮らせ)

閑吟集にある、有名なソレを。
意味は知らなくとも、確かにその理をその身で体現する彼を見て、残る二人は笑い出す。

クックッ、くすくす、と笑われて、なんだなんだ、意味を教えろとぼやく男の相手をライドウに任せ、
氷川は、己の花の元へゆっくりと歩む。

「静夜」
「あれ?楽しそうに話してたと思ってたのに、何?何か用事?」

「いや、少し、彼と話したいのだが・・・いいかね」
「え。シュラと・・・なになにー?堂々と浮気宣言―?」

ふざけかけた静かな夜は、む、と不機嫌そうに眉を寄せる相方を見て、にっと笑う。
「わーってるよ、真面目な話なんだ。んじゃ、ちょっと足止めしとくから、後よろしく」

そう言って、なあ、ライドウ。相談があるんだけど、ちょっといいー?と
駆け寄っていく彼を見送って、氷川は最強の人修羅に声をかける。

「カオルくん、いや、シュラくん、と呼ぶべきだろうか?」
「あ、氷川さん?・・・どちらでも構いませんが」
何か?と小首を傾げる彼は、己の花の鏡像のようで、どこか甘い眩暈を引き起こす。

「ひとつだけ、尋ねておきたいことがあったのだが」
いいだろうか、との確認に、いいですよ、と返る言葉に与えられるのは単刀直入な問い。

「・・・君は今、幸せかね?」
「・・・」

暫しの沈黙。それは桜の花弁が5cm落ちるほどの、時間。

そして返るのは、
「・・・幸せですよ。あなたと同じように。・・・氷川さん」
静かな声。

なるほど、と。微かに肯く沈黙の男。

それ以上は何も語らず、何も言わず。花にして花守である彼らはただ、微笑んだ。


そして、独りあぶれたアメリカ人をあやすのは、やはりもう一輪の花にして花守。

「楽しそうだったじゃん?面白かった?」
「・・・」

「ダンテ?」
「なあ、キョウ」

「何?」
「お前さぁ、ホントに俺で良かったのか?」

「良くなかった、他の奴に乗り換える、って、言ったら、どうすんの?」
「・・・」

珍しく、無言になってしまったマッド君に慌てたキョウは、
難しいこと考えるダンテなんてダンテじゃないから!と、非常に失礼な慰めを吐きながら
その大きな肩にとりあえず、抱きついてやった。





◇◆◇




やがて。時間稼ぎの会話が無事終了したのか、静夜がシュラとキョウの所に帰ってくる。

「なあなあ、シュラ!ライドウはどれでもいいってさ!!」
「え?そうなんだ?・・・じゃあ、静夜とキョウが先に決めていいよ」

「一体、何の話だぁ?分かるか?氷川」
「・・・結婚式の打ち合わせ、だそうだが」

「は?」
「今度会ったときに、結婚式を挙げたい、と」

「ああ、ライドウとシュラがか?」
「・・・いや。”合同”で」

「はぁ?」


「じゃあ、俺。絶対に白無垢!これは譲らないから!!」
「え、待てよ。キョウ。じゃあ、ウチが洋式なの?ウェディングベールかぶるの?」

(ああ、シロムクって、和風の婚礼衣装のことかぁ。うんうん、キョウは似合いそうだなぁ)
(ふむ。静夜のベール姿も悪くない。これは楽しみが増えた。早速衣装の仮縫いを)

そんな淡い、人の夢と書いて儚いドリームを打ち砕くのは、やはり彼らの愛する花達。

「じゃあ、ライドウが黒振袖か赤いチャイナドレスだね!どっちも似合いそうだな〜」
「あ。赤いチャイナ着たダンテもいいなー。見てみたい!じゃあ、ウチもお色直しでソレ!」
「うーあーお願い、やめてー。誓いのキスでベール取ったらあのM字って、どんな拷問!!」
・・・ダメ、絶対ダメ、俺、その瞬間、爆笑する自信ありすぎるー!!


そっちか・・・!!(汗)


「ちょっと待て!キョウ!!俺のサイズのシロムクなんて存在するのか!!」
「無けりゃ作ればいいじゃん。その分、依頼で儲けてやるから〜」

「おい、そこの大正妖都の美青年!自分が似合うからって、ほいほい嫁役を引き受けるな!」
「ふ。僕が愛する妻の願いを断れるとでも?文句があるなら、愛しの静夜くんに直接どうぞ」


・・・三人の日と書いて、春。
女が三人寄れば、姦しい。とはよく言うが。

混沌王が三人寄ると・・・やはり、それはカオスにしかならないようで。

大騒ぎと化したその場を、遠くに見える帝都を。楽しそうに嬉しそうに見つめながら。
シュラは自分の掌にふわりと落ちてきた、ひとひらの花弁を、そっと、優しく握り締めた。






見わたせば 柳桜を こきまぜて 都ぞ春の 錦なりける

(見れば、柳の緑に、桜色を混ぜあわせたような、何と美しい眺めであることか。
ああ。この都こそ、秋の錦にも負けぬほどに素晴らしい、春の錦絵そのものであるよ)





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誰が柳で誰が桜で誰が桜守でどちらが夢なのか。・・・それは皆様のお心のうちに。

最後に、あと、もう一人。