「なぜだ」
「ん?」
「なぜ、僕を殺さなかった?」
流れる光の中を、飛ぶような、不思議な。
以前に知る感覚のある、移相の間に、ライドウは黒い”彼”に簡潔に問う。
「あ。やっぱ、気付いてたんだ」
「・・・赤い彼とは違う。君の、殺気は演技ではなかった。だが、今は」
「殺気が無い?」
物騒な思惑がバレテいると知り、それでも、彼は悪びれもせず笑う。
そして、肯くライドウに返るのは更に物騒なその理由。
「お前を殺せば、シュラを解放してくれるって、ルイが言うからさ」
「なる、ほど。なのに、どうして」
僕を殺さない?と、すんなりと納得する美形に静夜は困ったように答える。
「・・・お前さ。俺たちの質問を聞いたとき、自分が一瞬どんな顔したか、分かって無いだろ」
「・・・え?」
((どっちが、”お前の人修羅”か、当ててごらん?))
たったそれだけの台詞で、それまでの無表情を一変させやがって。
頑なな白い花の蕾が、愛しい風の到来に、ハラリと咲き零れるように。
シュラのこと思っただけで、あんな無防備な顔、見せた奴を俺たちが殺せるかよ。
そう、思いつつ。静夜は訳が分からない、と表情を見せるライドウを見やって、溜息をつく。
「ああ、でも。あいつ、絶対俺がお前を殺せないって、分かってていったと思うよ」
さりげなく戻す会話は、やはりどこか物騒だ。
「あと、どう考えても、あいつが、シュラを放すはずが、無い」
それを聞くなり、ピクリ、と表情を強張らせるライドウに気付いて、静夜はさりげなく話題を変える。
この特別な時期の、”彼”の狂気、に、ついて、へと。
「去年も大変だったんだよ。俺とキョウ二人がかりでも抑えるのギリギリってなぐらいで」
・・・で、今年は、できれば、元凶に責任とってもらおうってことにしたってわけ。
ホントは時間あれば、俺もお前とバトりたいところだったんだけどね。憎たらしいから。
そう冗談めかして言う台詞は、やはり本音だろう。
あ、でも、もしかして迷惑だった?今からでも、戻してやろっか?
そう、心にも無いキツイ冗談を吐く彼に、ライドウは苦笑して、愚問だ、と、一言返し。
続けて、「礼を言う」と、それだけを言った。
饒舌な静夜が、思わずと、絶句するほどの、嬉しげな微笑を湛えて。
ちぇ、何だか、あっちに着いた途端に、アテられるの確実って感じ?
と、かすかに赤くなった顔で静夜が、零しかけた瞬間。
ピシリ、と。突然に移相が停止し、同時に、ガクリ、と下降を始める。
焦りつつも、スタ、と両者共にスマートに着地をするのは流石では、あるが。
「ち!ポイント、ずれた・・・って、ことは、うわ、ヤバい!!」
「ここ、は・・・未来の帝都か?」
見上げれば冬の夜空。だが、夜とも思えぬ、溢れる光の洪水にライドウの目が細められる。
既視感がある風景。
たしか、マントラ軍本営付近、に、どこか似ている。
彼と、初めて戦った・・・。彼を傷つけた、最初の地と。
「悪い!ライドウ!!ちょっと、走ってくれる?」
心の底から焦った声で叫んだ静夜が、ライドウを促して、走りだす。
目指すのは、どこかで見たような建物が並ぶ、より眩しい光を放つ、一角。
「ほら、あの建物の最上階が、シュラの居る部屋でさ。そこに座標を定めてたんだけど」
「座標が、ずれた?」
「つーか、弾かれたんだよ!シュラが他者の介入を拒否りやがった!」
言いながらも、彼等の足下から不穏な揺れが感知され、静夜がチ、と舌打ちする。
「あの結界を通してもこのパワーって、どんだけ!・・・急がないと、東京が壊れる」
走り抜ける彼等の後から、すごい!かっこいいコスプレ〜、と暢気な嬌声が聞こえる。
「ハッ、こんな時期で良かったよ!あんたのポン刀、洒落にならないから」
浮かれてて、微弱な地震にも気付かないぐらいだし、ホント助かる。
やがて、辿りついた建物は、どうやら。
(ホテル、か?だが、従業員に止められたりは・・・)
珍しく真っ当なライドウの気遣いは、玄関前のドアマンを見た時点で霧消する。
人の姿を採ってはいるが・・・どうやら、関係者全員が、悪魔か。
「よし、着いた!転送しても弾かれるだけだから、ここからも普通に動くよ!」
走りこんだ静夜を認めて、周囲の人の容を採る悪魔達がホッとしたような風情を見せる。
わらわらと事情を説明しようと集まってくる彼等に、鬱陶しげに静夜は叫んだ。
「ああ、もう!分かってるから!説明は不要!!エレベーターは使えるな!?」
◇◆◇
「・・・だからさ、シュラが暴走すると、ホント、物凄いんだよ」
客も従業員も、丸ごと、一つの建物を貸し切って。
そこまでする理由を、エレベータ内で黒い彼が説明する。
「ほら、あいつ、創世を為していないだろ。その資格と力は持ってたのに」
つまり、世界を一つ壊せたり、創ったりできるだけのエネルギーを内包したまま、なんだよ。
「なるほど、・・・だから」
どこかでずっと持っていた、不可解さが氷解され、ライドウは納得する。
「そう。それが、いろんな勢力のいろんな奴らがシュラを畏れ、欲しがる理由の、一つ」
天地人、三つのタカラが凝縮した生き物。
純粋な、エネルギーの塊、みたいなものだから。
うまく、手に入れられれば、文字通り一つの世界が手中に収まる。
チン、と場違いに穏やかな響きを立てて、シュラの部屋の階でエレベーターが開く。
「!」
「うわ、もう、ここまで!?」
既に、そこは、床や壁までが変質を始めている。
色を変え、容を変え、ぐにょりと蠢くその様は生き物の体内にいるようだ。
「まーったく。日頃、我慢ばっかりしてるから、こうなるんだよ」
「キョウ!追いついたか」
遅れて、隣のエレベータから降りてきたキョウを見て、静夜がホッとした声を出す。
「でも、部屋の座標までは変わってないと思うよ・・・来いよ、奥だ」
案内しながら、赤い魔はライドウに問いかける。どこか皮肉気に。
「感想は?美人な悪魔召喚師?」
「感想?」
「怖い?・・・それとも、男冥利に尽きる?」
スゴイだろ?お前を思って、世界を一つ壊しかけてるんだよ、アイツ。
その問いに驚きもせず。ただ、幸せそうに嬉しそうに笑みを返す豪胆な男を見やって。
似たもの同士ってことか、と。キョウもまた納得したように笑んだ。
やがて辿りついたソコには、変形はしているものの、扉と認められる形状のモノがあり。
「良かった、扉は無事・・・だけど、開かないかぁ」
「俺たちじゃダメか・・・多分、アンタなら開くよ、ライドウ」
開けてやって、と言われたライドウが扉を押すと、果たして、それは苦も無く、簡単に動き。
部屋の奥に進んで、見えたのは。
ベッドの上で顔を両手に埋めたまま、動かない・・・白い服の子供?
「うっわー!幼児退行までしてる!!」
「・・・まずいね。心の傷の無い時点まで、戻る気、かな」
下手に触れると、こっちまで時空が歪むかも、だね。・・・困ったな。手の出しようが無い。
その恐ろしげな台詞に頓着せず、泣き続ける子供に駆け寄る男に、驚愕の声が掛けられる。
「えっ!ラ、ライドウ、触れちゃ、駄目だよ!お前まで」
巻き込まれる!と掛けられた声は。
やっと”自分の人修羅”を見つけた、愚かな悪魔召喚師の耳には届かなかった。
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お前の人修羅”が非常にツボだったらしいウチのライドウさん。お陰でまだ続く・・・orz。
いや、今の帝都のイルミの中を、全力疾走するライドウさんも・・・きれいっしょ?