SRW 03



「なぜだ」
「ん?」
「なぜ、僕を殺さなかった?」

流れる光の中を、飛ぶような、不思議な。
以前に知る感覚のある、移相の間に、ライドウは黒い”彼”に簡潔に問う。

「あ。やっぱ、気付いてたんだ」
「・・・赤い彼とは違う。君の、殺気は演技ではなかった。だが、今は」
「殺気が無い?」

物騒な思惑がバレテいると知り、それでも、彼は悪びれもせず笑う。
そして、肯くライドウに返るのは更に物騒なその理由。

「お前を殺せば、シュラを解放してくれるって、ルイが言うからさ」
「なる、ほど。なのに、どうして」

僕を殺さない?と、すんなりと納得する美形に静夜は困ったように答える。

「・・・お前さ。俺たちの質問を聞いたとき、自分が一瞬どんな顔したか、分かって無いだろ」
「・・・え?」

((どっちが、”お前の人修羅”か、当ててごらん?))
たったそれだけの台詞で、それまでの無表情を一変させやがって。
頑なな白い花の蕾が、愛しい風の到来に、ハラリと咲き零れるように。
シュラのこと思っただけで、あんな無防備な顔、見せた奴を俺たちが殺せるかよ。

そう、思いつつ。静夜は訳が分からない、と表情を見せるライドウを見やって、溜息をつく。

「ああ、でも。あいつ、絶対俺がお前を殺せないって、分かってていったと思うよ」
さりげなく戻す会話は、やはりどこか物騒だ。

「あと、どう考えても、あいつが、シュラを放すはずが、無い」

それを聞くなり、ピクリ、と表情を強張らせるライドウに気付いて、静夜はさりげなく話題を変える。
この特別な時期の、”彼”の狂気、に、ついて、へと。

「去年も大変だったんだよ。俺とキョウ二人がかりでも抑えるのギリギリってなぐらいで」
・・・で、今年は、できれば、元凶に責任とってもらおうってことにしたってわけ。

ホントは時間あれば、俺もお前とバトりたいところだったんだけどね。憎たらしいから。
そう冗談めかして言う台詞は、やはり本音だろう。

あ、でも、もしかして迷惑だった?今からでも、戻してやろっか?
そう、心にも無いキツイ冗談を吐く彼に、ライドウは苦笑して、愚問だ、と、一言返し。

続けて、「礼を言う」と、それだけを言った。
饒舌な静夜が、思わずと、絶句するほどの、嬉しげな微笑を湛えて。

ちぇ、何だか、あっちに着いた途端に、アテられるの確実って感じ?
と、かすかに赤くなった顔で静夜が、零しかけた瞬間。

ピシリ、と。突然に移相が停止し、同時に、ガクリ、と下降を始める。
焦りつつも、スタ、と両者共にスマートに着地をするのは流石では、あるが。

「ち!ポイント、ずれた・・・って、ことは、うわ、ヤバい!!」
「ここ、は・・・未来の帝都か?」

見上げれば冬の夜空。だが、夜とも思えぬ、溢れる光の洪水にライドウの目が細められる。

既視感がある風景。
たしか、マントラ軍本営付近、に、どこか似ている。
彼と、初めて戦った・・・。彼を傷つけた、最初の地と。

「悪い!ライドウ!!ちょっと、走ってくれる?」

心の底から焦った声で叫んだ静夜が、ライドウを促して、走りだす。
目指すのは、どこかで見たような建物が並ぶ、より眩しい光を放つ、一角。

「ほら、あの建物の最上階が、シュラの居る部屋でさ。そこに座標を定めてたんだけど」
「座標が、ずれた?」
「つーか、弾かれたんだよ!シュラが他者の介入を拒否りやがった!」

言いながらも、彼等の足下から不穏な揺れが感知され、静夜がチ、と舌打ちする。

「あの結界を通してもこのパワーって、どんだけ!・・・急がないと、東京が壊れる」

走り抜ける彼等の後から、すごい!かっこいいコスプレ〜、と暢気な嬌声が聞こえる。

「ハッ、こんな時期で良かったよ!あんたのポン刀、洒落にならないから」
浮かれてて、微弱な地震にも気付かないぐらいだし、ホント助かる。

やがて、辿りついた建物は、どうやら。
(ホテル、か?だが、従業員に止められたりは・・・)

珍しく真っ当なライドウの気遣いは、玄関前のドアマンを見た時点で霧消する。
人の姿を採ってはいるが・・・どうやら、関係者全員が、悪魔か。

「よし、着いた!転送しても弾かれるだけだから、ここからも普通に動くよ!」

走りこんだ静夜を認めて、周囲の人の容を採る悪魔達がホッとしたような風情を見せる。
わらわらと事情を説明しようと集まってくる彼等に、鬱陶しげに静夜は叫んだ。

「ああ、もう!分かってるから!説明は不要!!エレベーターは使えるな!?」




◇◆◇



「・・・だからさ、シュラが暴走すると、ホント、物凄いんだよ」

客も従業員も、丸ごと、一つの建物を貸し切って。
そこまでする理由を、エレベータ内で黒い彼が説明する。

「ほら、あいつ、創世を為していないだろ。その資格と力は持ってたのに」
つまり、世界を一つ壊せたり、創ったりできるだけのエネルギーを内包したまま、なんだよ。

「なるほど、・・・だから」
どこかでずっと持っていた、不可解さが氷解され、ライドウは納得する。

「そう。それが、いろんな勢力のいろんな奴らがシュラを畏れ、欲しがる理由の、一つ」

天地人、三つのタカラが凝縮した生き物。
純粋な、エネルギーの塊、みたいなものだから。
うまく、手に入れられれば、文字通り一つの世界が手中に収まる。

チン、と場違いに穏やかな響きを立てて、シュラの部屋の階でエレベーターが開く。

「!」
「うわ、もう、ここまで!?」

既に、そこは、床や壁までが変質を始めている。
色を変え、容を変え、ぐにょりと蠢くその様は生き物の体内にいるようだ。

「まーったく。日頃、我慢ばっかりしてるから、こうなるんだよ」
「キョウ!追いついたか」

遅れて、隣のエレベータから降りてきたキョウを見て、静夜がホッとした声を出す。
「でも、部屋の座標までは変わってないと思うよ・・・来いよ、奥だ」

案内しながら、赤い魔はライドウに問いかける。どこか皮肉気に。

「感想は?美人な悪魔召喚師?」
「感想?」

「怖い?・・・それとも、男冥利に尽きる?」
スゴイだろ?お前を思って、世界を一つ壊しかけてるんだよ、アイツ。

その問いに驚きもせず。ただ、幸せそうに嬉しそうに笑みを返す豪胆な男を見やって。
似たもの同士ってことか、と。キョウもまた納得したように笑んだ。

やがて辿りついたソコには、変形はしているものの、扉と認められる形状のモノがあり。
「良かった、扉は無事・・・だけど、開かないかぁ」
「俺たちじゃダメか・・・多分、アンタなら開くよ、ライドウ」
開けてやって、と言われたライドウが扉を押すと、果たして、それは苦も無く、簡単に動き。

部屋の奥に進んで、見えたのは。
ベッドの上で顔を両手に埋めたまま、動かない・・・白い服の子供?

「うっわー!幼児退行までしてる!!」
「・・・まずいね。心の傷(トラウマ)の無い時点まで、戻る気、かな」

下手に触れると、こっちまで時空が歪むかも、だね。・・・困ったな。手の出しようが無い。

その恐ろしげな台詞に頓着せず、泣き続ける子供に駆け寄る男に、驚愕の声が掛けられる。

「えっ!ラ、ライドウ、触れちゃ、駄目だよ!お前まで」

巻き込まれる!と掛けられた声は。

やっと”自分の人修羅”を見つけた、愚かな悪魔召喚師の耳には届かなかった。






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お前の人修羅(・・・・・・)”が非常にツボだったらしいウチのライドウさん。お陰でまだ続く・・・orz。

いや、今の帝都のイルミの中を、全力疾走するライドウさんも・・・きれいっしょ?