cage 〜檻〜 4



ああ。
また、惑ってる、コイツ。

耳元で聞こえる、少し荒い息が、どこか切なげな音を立て。
その響きにすら、甘い悦びを得る自分が哀しくて、神は固く目を塞ぐ。

初めて、この青い瞳の天使に触れられたのは、ボルテクス。

辛い、怖い、恐ろしい、と。指先から、聞こえてくるような。
抱かれた俺よりも、抱いたコイツの方が、脅えて、震えて、泣きそうな、そんな触れ方で。

俺は、だから。その、時。
コイツは、本当は、俺を、愛してなんか、いない、って。そう、思った。

俺が、この世界を創ったのは、別に、コイツの、為じゃない。
でも、ヨスガの世界を創れば、コイツを、解放してやれる、と、どこかで思ったのも、事実。

いや、俺の(おそれ)から、俺を解放できる、と、思った、のかも、しれない。
コイツが俺をこんなにも崇拝するのは、ヨスガ創世の為、では、無いのかという、虞から。

光あれ、と。おっしゃったその日から6日で世界を創ったという、かの、神。
だから、俺も6日の間、見ていた。
俺が創った、世界を。

そして、満足、した。

生まれ落ちたその時から、その命は、人生は、その生き物のモノだ。
生んだヤツのモノじゃない。

愛しい俺の子供(せかい)。お前はお前の思うとおりに、生きて、育って、そして、いつか死んでいけばいい。

一人前の世界(こども)に、創造神(おや)なんか、いらない。
(かみ)なんか、いらないんだよ。ウリエル。

――― ああ、だから。

甘い声をあげながら、神は思い出し。瞳を開ける。
自らを捕らえてはなさぬ天使の指と腕と脚と翼と舌を感じながら、この美しい鳥籠(cage)のような部屋を。
頭上の、空の大半を多い尽くした、黒い雲を、見る。

だから。
7日目に、この鳥籠の戸を開けて、行こうと、した、のに。コイツが。

覚えてる。
晴れた青い空に、その体も瞳も溶け込ませて、羽ばたいていた。
俺が、跳ぼうとして、開いた、空間の向こうに。
・・・何もかも、分かっているかのような表情、で。



◇◆◇


――― いかないで、ください、と。

天使は神の拘束を確かなものとする。
どこかに、いかれるなら、私も、お連れください。
どうか、独りでいってしまわないで、ください。

あの時も。世界ができた7日後に、貴方が去ろうとしたあの時も、私はそう言って、貴方を。
・・・絡めとった。

貴方の優しい心に、つけこんで。

貴方に初めて触れたときも、そう、だった。
あの壊れた世界に、歪んだ人間に、傷ついて弱っておられた貴方に、つけこんで。

怖かった。この愚かさをこの醜さをこの卑怯さを、いつ、貴方に見抜かれて。
いつ、嫌われて、見放されてしまうかが。ずっと。

ああ。覚えて、いる。
"7日目"に、この部屋から出てこられたあの時の、貴方の、瞳。
晴れた青い空を、映して。どこか、遠い懐かしい色を、秘めて。
・・・何も知らぬ、無垢な赤子のような、あどけない顔を、されて。

やはり、と。
やはり、いってしまわれるのだと、思った。

ならば、共に。
せめて、共に墜ちたいと。


貴方に求められもしない、貴方に辿りつけもしない、この無力な翼など要らないと。



◇◆◇






あの時、コイツは。
あの時、私は。

腕と翼できつく抱き締めて、墜ちられるなら共に、と。


そう言って、コイツは。
そう言って、私は。

引きちぎろうとした、この翼を。


そして、俺は。
そして、貴方は。

酷く焦ったように、引きちぎる手を押さえて。


だから、コイツを。
だから、私を。

抱き締めて。抱き締められて。
どこにも、行かないと。どこにも、行かさないと。言って。



やっと、俺は。
やっと、私は。


手に、入れた。


最愛の生き物を。





――― このcageに閉じ込めて。




◇◆◇





愛撫に応えて、次第に柔らかく解れ、からみつくようなその腔の態に誘われて、
天使は神の奥を愛する中指に薬指を、やがて人差し指を順に、添わせる。
既に苦も無くそれを受け入れるほどになっているその奥の、主が悦ばれる箇所を、指を曲げて、
何度も擦り上げるように指を動かすと。擦れた甘い声で、己の名を呼ばれ、カッと熱を上げられる。

「も、う、いい」
これ、以上、焦ら、すな。

「早く、来て、俺を」
埋めろ。俺の虚を、(うろ)を満たせ。・・・早、く、と。

乞われて。天使はその命令に忠実に従った。



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つまり変則的両想い