Auf Flügeln des Dämons 4



「「ナゼ、オ前達ガココニ居ル」」
静かな音ではあるが、警戒と不審をあからさまにする響きで、地獄の番犬は質問を投げる。

「・・・」
『それは、こちらが問うことだ。ケルベロス。・・・久しいな』

互いに誰何(すいか)の必要など、欠片も、無い。
これほどの能力値を持つ、白い魔獣(ケルベロス)が他に存在するはずも。
同じく、これほどの存在感を示す悪魔召喚師が当代に存するはずも、また無く。

「・・・子供達に、頼まれた。翼を持つモノに詫びと礼を、と」

逸る気持ちを抑えて、ライドウが答える。
今のライドウには、この番犬を排除して、彼の元へ駆け寄るのは容易い。
しかし、それをしてしまえば、たとえ、記憶を失くしていても。彼が、彼であるのなら。
きっと、彼は、悲しむ。

ぬう。あの子供達か、とケルベロスが唸る。

「「・・・主ニ危害ヲ加エニ来タノデハ、無イノダナ?」」

何を、と一瞬起こった怒りの念を、ライドウは理性で押し殺す。
己の肩書きを思えば、この番犬のその問いは、むしろ当然のことであると判断して。

『この地に来たのも、この依頼を受けたのも、あくまでも偶然』
故に、悪意など発生しようも無い、と説く黒猫の言葉に。

暫しの沈黙を経て、運命カ、イヤ或イハ、と苦い音で魔獣が一言、落とした。



◇◆◇



翼で覆われて、遠目では見えなかった紋様が。
今は赤い危険色を示すそれが、ぼんやりと月の光の中で明滅する。

髪が、とライドウは気付く。
以前と違い、男性体であるのに、髪が長く伸び、美しい白い翼と共にその身を覆っている。
なるほど、子供達が性別を迷うのも無理はない。

しかし、多少見た目は変わっても。
固く眼を閉じ、苦しげな息を吐く、その悪魔は焦がれて焦がれて、焦がれ続けた、混沌の王。

ああ、と。
引き絞られるような心持ちで見る視線は、彼を苦しめる、痛々しい傷に終着する。
なぜ、回復してやらないのか、と。苛立たしげに問う声に。
手短に事情を話す、と白い魔獣が苦しげな声で、口を開いた。


「身体が、力についていけない?」
「今ノ主ハ、器ニ比シテ、力ガ膨大ニ過ギルノダ。故ニ」
『なるほど、この翼もその影響だな。身の内に溢れた力を具現化してバランスを保ったか』

ソウダ、とケルベロスは肯く。コノ髪モ同ジク、と。
元々ヒトであられた主は、聖に属する力も強く顕現し、魔界ではそのバランスを調整することが できなかったのだと。その為、緊急避難的に、選ばれた地が、ここであったと、彼は説明する。

「供はお前だけか、他の仲魔はどうした?」
「コノ地ハ、余リニモ神気ガ強スギル。魔ニ傾キスギタ者ニハ耐エラレヌ」
『故に、おぬしだけが、追従した、と』
ソウダと、また肯いて、かつてイザナギとイザナミの従者を務めた魔獣は心配そうに主を見やる。

――― 特に危険は無いと判断したのだ。多少弱られていても、今の主を襲う者はまず居ない故。
それが、まさか、普通の人間の子供に、この地に入り込むことができようとは。
結果、我が爪で、我が牙で主にこのような傷を、負わせることになるとは、と。

苦渋の表情を浮かべる獣の視線の先には。
未だ血が止まらぬ痛々しい傷跡。
既に一部は腐食して、変色し。その翼の白さが余計にその傷の酷さを際立たせる。

猛き魔を誇る悪魔の身体に、聖なる光を放つ白い翼。
本来、互いに打ち消しあうはずの闇と光の力を同時に内包した不安定なその身を。
おそらくは、毒をもつ、魔獣の爪と牙が怒りをもって、傷つけた故に。

「傷が、治らない、と言うのだな」
『力が拮抗しているのであろう。聖と魔の力、いずれもが治癒をしようと働き、結果、相殺してしまうのでは、無いか?』
ウム、とケルベロスは肯定する。オソラクハ、ソウダロウと。
いずれの回復魔法も、回復薬も効かない為に、魔界から連絡用の使者が来るまで、せめて眠っていただいているのだと、苦しげに唸るケルベロスの耳はペタリと平坦になる。

事情を聞く間にも、聞こえてくる苦しげな呻き声。その響きに、三者共に心が切り裂かれる。
その心の痛みの深さと度合いは、違うにせよ、いずれも、その状況に耐え難いのは同じで。

『そうだ、ライドウ、例のモノ、試してみてはどうだ』
ゴウトに言われて、子供達から預かった傷薬を思い出す。

「「ソレハ?」」
怪訝そうな魔獣に説明をする。

「「ヌウ、コノ地ニアル人ノ、作リシモノ、カ」」
良いかも、しれぬ、と心なしか彼の声が明るくなった。


next

back


GIFT部屋top




ケルベロス=イザナギ・イザナミの従者については、女神転生初代ネタです。
当然ながら、本家のギリシャ神話ではそんなネタはございません。