Auf Flügeln des Dämons 5


「う、ん?」
「主!」
「・・・ケル?」

泣き出さんばかりに顔をすり寄せて詫びる魔獣に、目覚めた主が目をぱちくりさせる。

闇と光が交じり合う人が作った薬。それも、長い間、この神域の傍近くで培われたその気は、 思ったとおり、同じく狭間に在る故に苦しむ彼の傷に適した。少しでも快方に向かえば、 後は大きな力を持つ、彼の身体のこと。その流れにそって、速やかにその傷を癒した。

長い黒髪をサラ、と傾け、白い翼をパサ、と動かして、彼が自分の傷の様子を見る。
「・・・あ、傷、治してくれたんだ。ありがと、ケル」
ごめんね。心配かけたね、と笑って、礼と詫びを言う主に、イエ、我デハと獣は否定する。

「コノ者達ガ、薬ヲ」
え?と、顔を上げる仕草に、ライドウの胸はトクリと鼓動を打つ。
黒衣の悪魔召喚師を見つめて、パチリ、と瞬かれる金色の瞳。

「・・・お前、誰?」

暫しの沈黙の後に。怪訝そうに落とされる声。真っ直ぐに射抜いてくる戸惑いの無い、視線。
ああ、やはり、覚えてはいないのだ、と、痛む心臓を知らぬふりで、ライドウは無言で軽く頭を下げて礼を取り、仕方が無いと言わんばかりの様子で黒猫は懐かしい口上を述べる。

『・・・この男の名はライドウ。まあ、しがない探偵だ。そして我はゴウト。こやつの・・・目付けだ』

わ、黒猫さんがしゃべったよ!と、嬉しげに驚く彼を見ながら、眩暈がするほどの懐かしさを覚え。
ライドウは帽子の唾をクイ、と引き下げる。己の痛みをこの優しい悪魔に気付かせない、ために。



◇◆◇



「ああ、あの子達に頼まれたんだ。わざわざ、ありがとう。助かったよ。えっと、ライドウ、さん?」
戸惑いがちに名を呼ぶ彼に、ライドウ、と、呼んでくれと。敬称はいらない、と返す。

「うん。・・・じゃ、ありがと。ライドウ。ホント、助かった」
悪魔召喚師なんだって?そっか、それで、ケルベロスとも顔見知りなんだ。
以前と変わらぬ笑顔に、ズクリと心臓が痛む。

貴方は何と呼べば?と、簡潔に問う声に、返るのは戸惑ったような応え。
「え、俺の、名前?・・・ええっと。ごめん。俺、今、名前、言えないんだ」

どうして、と、問う黒い瞳に、どこか寂しげな金色の瞳が視線を外す。
「力、安定してないからさ。どの名前を教えていいか、分からないし。・・・大体お前」

何かを言いかけて、止め。思い直したように、もう一度口を開く。
「お前、さ。悪魔召喚師、で、見た感じ、すごく強いみたいだ、けど、"人間"だよな?」

こくり、と肯くライドウに、やはり寂しそうな声で悪魔が返す。

・・・人間に、俺の名は、毒にしか、なんないよ。だから、教えられない。ごめんな、と。


暫しの沈黙の後。

「えと、何か、お礼したいんだけど」
して欲しいこととか、欲しいアイテムとかある?と、悪魔が言う。

・・・ならば、また明日、もう、一度、会ってほしい、それまでに決めておく、と。
ライドウは微笑み。

あと、もし良ければ、子供達にも姿を見せて、安心させてやって、ほしいと付け加えると。
「いいよ。明日の朝にでも連れてきて」と、優しい笑顔が返ってきて。

ああ、本当に、変わらない、とライドウの心は小さく悲鳴を上げた。


やがて、まだ顔色が悪い、と心配し、自主的にソファとなるケルベロスに凭れながら
「じゃあ、また明日。ライドウ。今日はホントにありがとう」
手を振る彼に、手を振り返し、名残惜しげに視線を残して。ライドウは、その地を離れた。


宿への道を歩くライドウに、ゴウトはポツリと言葉を落とす。
『どうする、つもりだ』
「・・・依頼を完了させる」
子供達の、と呟くライドウを、ゴウトは苛立たしげに見る。

『我が聞いているのは、お前のことだ』
「・・・」

長い長い沈黙の後、宿に到着する寸前にやっと。
分からない、とライドウはゴウトに返事をした。


「お帰り〜、ライドウ〜、ゴウトちゃん〜、遅かったね〜」
部屋に戻ると、ワインの瓶とグラスを両手にした、赤い顔の鳴海がにへら、と笑う。

子供達のお願いは叶えてやれそう?あれ?何だか嬉しそうだね〜いいコトあった〜?と管を巻く
彼を呆れたように見やりながら、浴衣に着替えるライドウと、ゴウトの鼻が甘い匂いにクンと動く。

ああ、それ。宿の人がさ、夜食にどうぞって、置いてったよ〜、と鳴海が指差す机の上には。

そんなものが夜食で出るはずも無い、揚げた芋を蜜でからめたソレが乗っていた。


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あの頃のアナタは「俺」でしたね。ゴウトさん。