Auf Flügeln des Dämons 6



――― どんな魔も、お前たちを必要以上に傷つけませんように。

次の朝、たずねて来た子供達を連れて、件の泉に行くと。
彼は、にこりと微笑んで、治った翼を見せて、何度も薬の礼を言い。
ぼうっと見蕩れる子供達の額に一人ずつ口付けて、その言霊を与えた。

『より威力を増したようだな』
「・・・」
子供たちの額に印が見える。弱い魔なら見ただけで逃げ去るような強力なそれでいて優しい印。
施した者が誰か分からないようにしているのは、彼らが"利用"されるのを防ぐためか。

『それも、"必要以上に"、か。言霊の扱い方も絶妙だ』
自らの力量以上に他者に守られる者は、驕り、増長し、故に弱くなり、いつかは自滅する。
傷つかない人間は成長しない。その自明の理を、あの悪魔は知っている。恐らくは誰よりも。

時が至れば、自分に逢ったことも忘れるように、要らない記憶だから。
そう、続けて優しい呪をかける彼を見ながら、こくり、とライドウはゴウトの評価に、同意した。


名残惜しげな子供達と別れた後。
「お前はこの後どうする?あ、そういや、お前のお願いは決まった?」と、悪魔は言い。

単刀直入に聞かれて、答えに逡巡するライドウを見かねたか、
「じゃあさ、予定無かったら一緒に遊ばないか?その間に決まったら言ってくれれば、いいから」
そう笑って、彼は言い、その提案にライドウは素直に肯いた。



◇◆◇



じゃあ、あったらでいいからさ、タオル、じゃないか、手拭いを持ってきて。
俺はケルと魔法で適当に拭いて乾かすけどさ、人には加減間違えたら、怖いし。

謎な言葉を不思議に思いながらも、一度宿に返って目的のものを持ち。
再び、神域に戻ってきたライドウとゴウトは目に入った光景に呆然とする。

『なるほど、それで手拭いを、と』
呆れ半分、感嘆半分のような声音でゴウトが呟く。
「・・・」

神木がその木陰から零す、木漏れ日を反射して。
きら、と光を返す泉の水面に、白い翼が、パシャリ、と飛沫を上げる。

あ、来たんだ、ライドウ。気持ちいいよ、お前も、おいでよ、と。
長い髪をかきあげながら、水と戯れて笑う悪魔の向こう岸には、白い番犬がのんびりと寝そべる。

正しく、小蓬莱だな、と。そのどこか幻想的な光景を見やりつつ。
想い人の反則的過ぎるお誘いに、固まったままのライドウに、困ったような視線を投げて。

『神域の泉だ。(みそぎ)にもなろう。・・・いいから、お前も、行ってこい』、と、
そう言えば、コイツも「夏休み」であったな、と思い出した黒い猫は、彼の背中を押した。


少し、ひやりとする聖なる水は、清浄な流れをライドウの身に齎し、内なるバランスを整える。
なるほど。ただ、遊んでいるわけではなく、湯治のようなものなのかと、ライドウは納得する。
どこか歪なまま、膿み疲れていたのか、と思いつつ、歩みを進める内に、その冷たさはゆるりと
体温と馴染み。その感覚に、ふ、と息をついた途端に、パシャリ、と、頬に水を掛けられる。

え?と、目をやると、いたずらっぽく笑う、金の瞳。
ただ、戸惑って、その瞳を見返すと、今度は、困ったように、彼は笑う。

「お前ってば、ホント、堅物。・・・水遊び、したこと、無いの?」
やり返してくんないと、俺がお前、いじめてるみたいじゃん、と、言われて。
パシャリ、と緩く、彼に水を掛けてみると、その気も無いのに上手く顔にかかって。

あ、やったな。もしや、油断させたか、こいつ、と。また、パシャリと優しく水が返ってきて。
それをまた、ライドウは、彼に返した。



ひとしきり、遊んで、泳いだ後。
主、そろそろ休憩を、と、今回、妙に心配性のケルベロスが呼ぶ。

もう昼時だ。悪魔召喚師殿とお目付け役殿は、こちらを、と。
有能な番犬は水遊び中に集めておいたのであろう、この近辺の幸を差し出す。

果物はそのままで良いか?キノコ類や魚や雉等は好きな具合に焼かせてもらうが?と、
地獄の業火持ちの白い魔獣は、もふもふと白い尾で主の身を拭きながらご機嫌そうに、言った。


思いの他に、空腹であったせいか。
主を救ってくれた者への感謝に満ちた、地獄の番犬の火加減が絶妙であるためか。
へえ、ピクニックって感じでいいね!つか、ケル。お前ってば何、バーベキューコンロなの?
と、知らない言葉を使って、笑い転げる彼を見ながら、ライドウとゴウトの食は進む。

「貴方は、食べないのですか?」
機嫌よく笑いながらも、あまり食指の動かない彼に気付く。

「あ。うん。俺はもうあんまり、人の食べ物は要らないんだ」
――― それは、より、悪魔として確立されてしまった、と、いう、こと?
ぴくりと反応したライドウとゴウトに気付いたのか、どうか。

「でも、お前たち見てたら、ちょっと食べたくなったよ」
と。彼は、紫の粉をふく葡萄に、その指を伸ばした。



◇◆◇



カナカナカナカナ。

腹がくちくなり、自然とその場にゴロンと、寝ころんだ彼らの耳に、蝉の声が落ちる。

『・・・ヒグラシか』
「・・・ですね」
「・・・」

カナカナカナカナ。

「・・・なんだか、この声ってさ、ライドウ」
「はい?」
「夏の終わりって、感じがして、何か、さ」
寂しくて、哀しくて、切なく、なるんだ。

カナカナカナカナ。

ああ、・・・俺、夏休み、遊んでばっか、いたからかな。
宿題、できてなかったりしたし。お前、クソ真面目そうだから、そんなこと、ないか。

何かを誤魔化すように、冗談めかして、そう言って。
じゃ、俺、もう一度泳いでくる、と。彼は、羽衣のように服を脱ぎ捨てると。
パシャリ、とまた、その身を泉へと、投じた。


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す、すまない。ケルベロス・・・。