黙って目を瞑り、俯いてしまったライドウの頬に、冷たい感触が走る。
瞼を閉じていても、うっすらと映る、ほのかな、柔らかい、緑の、光。
「お前も、寂しいの?」
す、と頬をなでられながら、問われて。人に返せる言葉は、無い。
何度か、頬を、顎の輪郭をそっと撫で上げてから。悪魔の掌は、人の頬を包んで、動きを止める。
そして、その唇から、零れ落ちた名は。
「・・・ルイ、が、」
悪魔召喚師をビクリ、とさせる。
「言ってた。俺は、誰も、愛せなかった、残酷で寂しい、生き物、だったって」
だから、拾って、僕の子に、したんだよって。
「ああ、ルイって、俺を拾って、養ってくれてる、まあ悪魔の大将みたいなヤツなんだけど」
知っている、とは言わずに、黙って、その先を、ヒトは促す。
「ここに来る前に、そいつが、言ってたんだ。俺と同じぐらい、寂しいヤツと会えるかも、って」
微かに、ヒトの口角が上がる。所詮は、掌の、中、か。・・・だが、それで、いい。
「出"会"ったら、連れて帰ってきても、いいよ、って、だから」
――― 貴方が、その掌の中から出られないなら、僕が、中に、入ればいい、だけの、こと。
「だから、俺。お前を連れて帰りたく、なる前に。・・・早く、帰ろう、と」
思ったのに、と、続く言葉は、乱れた息に邪魔をされて、途切れかける。
は、っと、気付く。苦しそうな、声。いつの間にか、瞼に映る色は、赤。
慌てて、瞳を開けて。今にも崩れ落ちそうな、その身体を支える。耳にかかる息は、荒い。
早く、帰るために、何か、無茶を?
思い当たり、舌打ちをしそうになって、止める。
さっきの、髪、か。
おそらく本来なら時間をかけ自然に融合させるモノを、無理に他者の介入で力を断ち切って。
考えながらも、呻いて、苦しみに耐えようとする悪魔の痛々しさに、心が悲鳴を上げる。
ああ、なぜ、気付かなかった?なぜ、僕は、いつも、貴方に、傷を、つけるのだ。
――― そして、なぜ、貴方は、いつも、僕から。
「・・・僕のため、と言いながら、僕から逃げるのは、もう、やめてください」
驚かさぬように、そっと耳元で囁くとぴくり、と肩が震える。
震えを止めたくて、そっと抱いたはずの腕は、意に反して強くその身体を抱きすくめた。
腕の中で戸惑ったように揺れる赤い瞳が、欲しがっているモノに気付いて、与えようとすると。
やはり、ふる、と悪魔が、頭を揺らす、から。
お願いです、と。また、繰り言をヒトが落として。
だから、それは、礼じゃない、という音は言葉に出来ぬまま。
――― 愛を告げることができない、熱い唇に奪われる。
「逃げ、ないで」
微かに抵抗を示す、手首を優しく拘束され。
「お願い、です」
見開かれた赤い瞳は、ゆっくりと閉じられていく黒い瞳に連動し。
「もう、僕を、置いて、いか、ないで」
白い狐に絆されて、闇の獣は闇の中で闇に落ち。
(おめでとう。・・・やっと、つかまえた、ねぇ)
――― 自分のモノではない、誰かの笑い声を耳にする。
(逃げろ)
(お前は、お前、だけでも)
(逃げ)
尚も叫ぶ、優しい悪魔の良心は、愚かな白い獣の深い口付けに溶かされて。
聞こえる声は、一つに、なる。
「「「――― もう、逃がさないよ」」」
やがて、赤い明滅が、ゆっくりと緑へと変わり。
その代わり、のように、紅く染まった口唇の上で、そっと、唱えられたヒトの願いは。
叶えられた。