月蝕 08












ああ、本当に殺してやりたい。殺してやりたいほど、








『それぐらいで冷やすほどのこともなかろう』
「そういうわけにはいかないだろう。ゴウト」
事情は承知だろう、と笑んで返すと聞こえるのは小さな溜息。

まったく。過保護もいいかげんにしろ。それとも惚気ているつもりか、先ほどもあのように。
阿呆らしくて、見てられんと悪態をつく黒猫を見るライドウの瞳は楽しげに孤を描き。
くす。と、幸せそうに微笑んで。

「だって、僕の体は、大切な大切な、あの悪魔のものなのだから」

そう答えながら、もう一度冷やしていた指先に口付けて、甘く甘く囁いた。

「熱かったですか?許してくださいね」

――― シュラ。





◇◆◇





ぶち切れてしまった僕と、それ以上に憤懣やるかたない想いを持っていた貴方と。
ルシファーに呆れられるほどに散々に互いの想いを吐露し合った、その後。

「同化と、転化?」
貴方がルシファーに願った二つの言葉の意味が理解できない僕に。

「体感したほうが、分かりやすいな」
そう囁いた貴方が、僕の左手をとって。薬指を口に含んで。

「っ!」
いきなりに、その白い牙で僕の指を。
けれど、ほら、と目の前に示された僕のそれには瑕ひとつ無く。代わりに。
「シュラ!」
貴方の指から、赤い液が。

「こんなふうにさ」
お前が受ける痛みは全部、俺に届く。
お前が受けたキズは全部、俺に移る。

淡々とした説明を聞きながら、僕の体は震えだす。彼の願いの恐ろしさを知って。
もう二度とお前が自分を粗末にしたりしないようにと、微笑む彼の気持ちの深さを知って。

「です、が。もし、」
その気が無くとも、もしこの身を傷つけてしまったら。
もし、それが致命傷だったら、貴方が。

「ふうん。自信無いんだ?」
ルシファーから俺をかばう自信はあるのに。
「自分自身を敵から護る自信は無い?」
いたずらっぽく笑う瞳に、何を答えていいのか、分からない。

「まあ、そう深く考えるな。その内、お前が俺を忘れれば」
お前に、俺よりもっと好きな相手ができれば、勝手にこの魔法は解ける。

でももうそのときは。
「お前はお前を大事にするようになってるよ」

だから、それはそれでいいんだ。




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