月蝕 09




「俺の世界では、日本は一度壊れる」

納得がいかないままの、僕に困ったように視線を揺らして。
やがて呟いた予言のような恐ろしい言葉に、一瞬震える僕を見据えて、貴方は続けた。
「ドイツも同じだ。壊れて引き裂かれる。罪の報いに」 、と。

だけど。
不思議なんだよ。どっちも壊されたのに、いつのまにか再生するんだ。
壊したやつらよりも、強く。

いろんな国があるヨーロッパが、ユーロっていう基準でまとまっていくんだけど。
ドイツはその中心になる。あれほどに罪に穢れ、負けて壊れて引き裂かれた国なのに。

戦勝国である中国があるアジアでは、日本が一番強くなるんだ。
人類が作った一番罪深い兵器で蹂躙された、小さな狭い貧しい国なのに。

「だから。俺も、俺を引き裂いて壊したやつらよりも、強くなるよ。絶対に」
けれど、お前は。

「僕は、まだその資格が無い」

うん、と頷く彼の瞳が濁らないのを見ながら、僕は理解する。この会話は彼の遺言だ。


「俺の敵は、人間じゃない」

俺の敵は、欲深い人間が作った『唯一神』というシステムだ。
自分の信じるソレのためならば、その思想に相反する他者を傷つけ卑しめ陥れ惨殺しても
それを『正義』だと言い切る、歪な醜い精神構造だ。

そうやって『たった一つのもの』を正とし、それ以外を悪とするシステムにとって、
混沌の王と名付けられた俺は害悪だ。文字通り最凶の悪魔だ。

「だから、お前が」
生きて、生きて、生きて。いつか、お前のコトワリに辿り着いたら。

「そのとき、お前が護りたいと願う“人”が」
混沌(オレ)を排除するそのシステムを選ぶなら、お前は今度こそ俺の討伐に来ればいい。

「けれど、“人”が、違うコトワリを望むなら」
そのとき、まだ俺が必要だったら。
――― 俺を喚んで。ライドウ。いつでも、どこでも、俺はお前のトコロに行くから。


その迷いの無い笑みに。ああ、貴方はもう貴方のコトワリを見つけていたのかと、僕は震える。

「人、ではなく。“僕”が、貴方に逢いたいときは?」
「喚べばいい」
俺に逢いたいって、喚べばいい。
どんな相手と戦闘中でも、必ず行ってやる。

でも、それは
「お前がお前の世界で、納得いくまで生きてからな」

――― 世界を壊した俺が、納得するぐらいまで。

それは僕にとってはとても長い時間。そう理解して僕はコクリと息を呑み、目を閉じる。

「俺は、世界を壊した」
「産みなおすことができたのに、俺はそれをせずに見殺しにした」
「俺は、俺を産みなおしたんだ。俺の世界(こども)を見捨てて」

カグツチを見捨てて。

だから、お前はお前の世界で生きなきゃいけない。
それが俺とお前の義務だと、思う。子供を殺した親としての。


「忘れるかもしれませんよ」
「いいよ、忘れても」
「貴方のことなど忘れて、他の人間を愛して」
「うん」
「それでも、構わないと」
「うん。だって」



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