「今日は、いい月だしさ。屋上で一杯やらないか。佐竹さんの、お礼も持って」
あ、でも、ちょっと肌寒いかな、と、夕食時に問う所長に、ライドウはいえ、と返す。
所長の目には見えないが、屋上なら仲魔達も皆、少し、羽をのばせるな、と思いながら。
後片付けは俺がやるから!という所長の意見をまるっと無視し。
また皿を複数割られても困ります。怪我はもう大丈夫ですから。と主張する少年の意思は固い。
いや、それはそうだけど、でも、と食い下がる鳴海に
では、所長は屋上の準備でも、と適当な仕事を与えて、助手は水屋の主へと変わる。
トントン、と。
仕方なく、言いつけどおり、屋上へ行き。
美しい月と、涼やかな風に、ほう、と一息ついた鳴海は、ひそりと佇む黒猫に気付く。
鳴海が持参したゴザを敷き、その上に毛布と座布団を重ねると。
それを待っていたように、一番居心地のいい位置に、するり、と当然のように猫は座る。
「・・・なあ、ゴウトちゃん」
人語を解する猫、というライドウの言は、今でもまだ、信じきれていない。だが。
鳴海は今。
無性に、この、ずっとライドウと共に在る、ライドウの信を受ける猫に話しかけたく、なった。
◇◆◇
「今更、なんだけどさ。・・・俺、さぁ。あいつ、すごく、大切、なんだよ。多分、俺自身より」
「・・・うん。最初はさ。すごく、嫌い、だったんだ・・・キレイすぎて」
聞くそぶりでも、聞かぬそぶりでもなく、黒猫はただ、ポンと尻尾を打ち付ける。
「俺が。俺がどれだけ、汚い嫌な醜い人間かってのが、さ、あいつと居ると、全部透けて見える」
「だから。・・・嫌いだった。憎んでいた、といってもいい」
――― つい、比べて・・・。身につまされる、から。
また、ポンと尻尾が鳴る。続きを言え、と言わんばかりに。
「俺が汚いんじゃない、コイツがキレイすぎるから、悪いんだ、って」
「コイツがキレイなのは、きっと、コイツがこれまで幸せだったからじゃないか、って」
「そう、言い聞かせていればさ、楽だろ」
「でも」
――― すぐに、違うって、分かった。
「あいつは、辛い目に逢っても、どれだけ嫌な目に逢っても、キレイなままだ」
「いや、そんな目に逢えば逢うほど、どんどん、キレイになってる、気がする」
「でも、俺。できれば、そんな目に逢ってほしくないって」
「俺が護ってやれるものなら、そう、したいなって」
「・・・あぁ。俺、猫相手に何、言ってるんだろうな。でも」
「できることなら、俺の腕の中だけで居てくれりゃいいのに、とか、つい」
・・・ニャア!
続きを遮るように、黒猫が鳴き。
それを合図のように、キィ、と階段からの扉が開く。
「お待たせしました。鳴海さん。ゴウトも」
おっしゃってた物をとりあえず全部持ってきたのですが。どこに置けばいいですか。
そう問いかける助手の持つ盆と、酒瓶は見るからに不安定で。
ああ、俺が持つから、と、慌てて探偵所長は、自分より大切だという彼へと駆け寄る。
「でも、酒と肴は分かるのですが」
これは?と首を傾げる彼の手の中にあるモノを見て。黒猫はクスリ、と笑う。
「ゴウト?」
『なかなかに、風流ではないか。鳴海も』
「え?」
『いいから、さっさと、それを解せ』
???と、思いつつも、ライドウはその白い指の先で、その細い花弁を摘んだ。