Auf Flügeln des Dämons 10ー1


Ich mußt' auch heute wandern / Vorbei in tiefer Nacht,
今日も、俺は彷徨わないといけない。あの木の横をすりぬけ・・・真夜中に。

Da hab' ich noch im Dunkel / Die Augen zugemacht.
そこ、で、俺は闇の中に居るのに、瞳すら閉じて、自分を更なる闇に落とした。


「願い、・・・どんな願いでも、叶えて、くれますか?」
「俺が、できることならね。あと」
それで、お前が不幸にならないこと、なら。

分かっているのか、いないのか。いつも、貴方の行動は注意深い。悲しいほどに。

「では、・・・僕を、つれて、いって、ください。それが、」
僕の、願い、です。

――― 思ったよりも、声は震えなかった。

貴方の赤い瞳は、闇の中で、ひとつ、まばたきをする。
「つれていく?・・・どこへ?」
「貴方の、行くところへ」

困ったように、まばたきは、ふたつ。さっきよりも、早く。

「・・・俺が、どこに、行くか、分かって、言ってるの?」
黙って、肯くと。赤い瞳が細くなる。ふぅ、とどこか不機嫌そうな溜息。

「やっぱり、お前」
俺のこと、知ってたんだ。

ふい、と横を向いて、愛しい瞳が、逸らされる。
・・・てことは、やっぱり、俺の名前、知ってたんじゃん、お前。
ポツリと落とされる、小さな愚痴にすら、心臓はドキリとする。

「すみま、せん」
落ちた沈黙に、やがて小さな声が返る。

「・・・いいよ。忘れたのは、俺の方、なんだろ」
ルイに聞いてる。不要な記憶は消去したからって。
「むしろ、俺の方こそ、ごめん。・・・お前のコト、忘れて。・・・でも」
「・・・でも?」
いや、何でもないよ、と、笑う彼は、やはり、どこか顔色が悪い。

「で、さ。つれていって、って、言うけど」
お前は、ホントに、それで、いいのか?

「お前、人間だろ。この世界で、生まれて育って生きてるんだろ?」
お前が好きなヤツとか、お前を大事に思ってるヒトとか、居るんじゃないのか?
俺についてきたら、もう二度と、そいつらと逢えないんだぞ。

「構わない」
貴方と、居られるなら、それで。

迷いの無い黒い瞳に、困ったように悪魔の眉が寄せられる。

「お願い、です」
惑う赤い瞳を見つめながら、召喚師の両の腕は美しい翼を持つ背中へと伸ばされる。
――― 触れられなくても、いい。この想いを告げられなくとも。貴方に、愛され、なくても。

「傍に、」

・・・傍に、居られれば。それだけで、きっと、僕は。

真摯な黒い瞳に促されて、人へと伸ばされようとした悪魔の腕は。


「ライドウ?」

突然に聞こえてきた人の声に、止められる。

バサリ、と。
その身を翻し、翼を持つ野獣は闇へとその姿を消す。

「待っ・・・!」
「やっぱ、ライドウか。人の声がしたな、と思ってさ・・・」
「・・・鳴海、さん」

闇に感謝をする。今、自分はどれだけに途方にくれた表情をしていること、だろう。

「あれ?誰かと、しゃべって、なかった?」
「・・・いえ」
「そっか・・・。いや、ごめん。・・・ええっと・・・何か、考え事か?」
はい・・・、と肯くライドウを見て、鳴海が無言で頭をかく。

邪魔したな。夜は意外に冷えるからな、早めに帰れよ。
そう残して去っていく鳴海は、先ほどの歌を口ずさむ。

♪Am Brunnen vor dem Tore / Da steht ein Lindenbaum.
(門の傍の泉に添って、菩提樹がそびえている)

続かないその歌の、優しいテノールの響きが消えたころに。甘い少年の声が後を引き受ける。

「♪Ich träumt in seinem Schatten / So manchen süßen Traum. 」
(俺は、その木の影で、幾つもの甘い夢を 見たんだ)

"Der Lindenbaum"・・・そう、か。そうだね。ナルミサン。夢は覚めないといけないね。

「その歌、は?」
再び、現れた彼に心から安堵したライドウは、だが、その赤い瞳の色合いにドクリとする。

「"Der Lindenbaum"・・・『菩提樹』、って歌だよ。ドイツの、Müllerの詩」
「ドイツ、の。・・・"Doppelgänger"のHeineと同じ?」

ああ、よく知ってるね!と、笑う貴方自身が、僕にそれを教えて、くれたのに。

「『静けき夜 巷は眠る』・・・あの詩も悲しいけど、好きだよ、俺」
「菩提樹、も、悲しい歌、なのですか」

そうだね、と肯く貴方の、落ち着いた瞳は、やはり。

いつか、どこかで、見た。悲しい、諦めの、色。



◇◆◇




ガタン、ガタン。
ガタン、ガタン。

キーー!・・・ガタ、ガタン。

「筑土町〜、筑土町〜、お降りの方は・・・」

聞きなれた、音。

「あ〜、やっぱり、まだ、こっちは暑いなぁ。風がなくなると、蒸すぜ〜」
移動用の籠からゴウトを出してやるライドウに、言うでもなく言わないでもなく、鳴海が愚痴る。

「おや、おかえり、ライドウちゃん。旅行かい?帰省かい?」
銀楼閣に移動する間に、懐かしい大気が、僕に纏わりつく。

・・・見慣れた、懐かしい、人達。

ここは、己が守るべき土地。貴方の優しい魔方陣が僕を縛る、愛しい残酷な、町。



「どんな、歌、なのですか?」
『菩提樹』?と、首を傾げて問う貴方に肯く。

「『冬の旅』、って言う詩集があってさ、それにシューベルトが曲をつけたんだ。その中の一つ」
まあ、簡単に言うと。恋人を失った男が、安らぎを求めて彷徨い続ける連作。
その男が、旅先で思い出すんだ。故郷の町の、門の傍の泉と、そこにあった菩提樹を。
・・・俺のホントの幸福は。永遠の安らぎは、本当はあそこにあったんじゃないか、って。

どこか、象徴的な歌の内容を受け取って、黙り込んだ僕に、貴方は残酷に笑った。
お前の本当の安らぎも、違うところにあると思うよ。・・・きっと、お前の町に、と。


Die kalten Winde bliesen / Mir grad ins Angesicht;
冷たい風が、吹き付けて、くる。僕の、真正面、から。

Der Hut flog mir vom Kopfe, / Ich wendete mich nicht.
頭から、帽子が吹き飛ばされても、僕は振り向かない。


銀楼閣にたどりつき、ドアを開けようとしたライドウに、一陣の風が吹く。

「おわ、何だ。いきなり、すごい風。・・・"目にはさやかに見えねども"ってとこだねぇ」

吹き飛ばされた学帽を、いつも楼閣前に居る男が慌てて拾って、渡してくれる。
ありがとうございます、と、一礼をすると、顔を赤くして、いやいや、これぐらい、と。

・・・僕の周りの人達は、こんなにも優しくて、暖かい。

なのに。


「ごめんな。ライドウ。俺は、お前を連れていけない」
どう、して。

「さっきの、人。ナルミサン?誤魔化してたけど、お前を心配して、探しに来たんだろ?」
・・・

「一人でも、そんな人が居るなら・・・お前は、こっちに、来ちゃいけない」
貴方は、一人も、そんな人が、居なかったのですか?

「お前が、どれだけ、俺のこと、知ってるのか、分かんない、けど。多分、そうだ」
・・・僕が、貴方の、そんな人に、なっては、いけないの、ですか?

「ありがとう。でも、俺はもう、悪魔だ、から」

お前とは、違う生き物、だから、ダメだよ。そう言って、笑う貴方は、また何かを捨てる。

「・・・大丈夫だよ。俺には、仲魔が、居る、から。ほら、迎えが来てる」
そう貴方が見やる方向には、異なる時空との境目と、どこかで見た白い甲冑をつけた、腕。
誰も来るなって言ったのに。心配性なんだから、と言いながら、その翼は飛翔の準備を始める。

「またいつか、会おう。ライドウ」
お前が、人としての生をまっとうした時、そう願うなら。

・・・待って、待って、ください!
そう、心の底から叫んで、必死で伸ばした腕は、やはり、貴方には、届かなかった。

「うん。待ってるよ。ライドウ」
全ての形あるものの背後に隠れている、唯一の秘密の中で。

――― ずっと、待ってるから。



珈琲と煙草の匂い。
ソファに残る、猫の柔らかな毛。

ほんの数日離れただけなのに、懐かしく感じる、部屋。

そして。

無関心なふりをしつつ、さりげなく、僕を気遣う、ゴウト。
ふあぁ、疲れた〜と伸びをしながら、心配そうに視線をくれる、鳴海さん。

人だった頃の貴方には、一人も居なかったという「そんな人」は、僕にはたくさん、居る。

――― なのに。





Nun bin ich manche Stunde / Entfernt von jenem Ort,
もう、僕は、あの場所から何時間も離れたところに、居る。

Und immer hör' ich's rauschen:
なのに、いつまでも、ざわめきが聞こえ続けるのだ。

Du fändest Ruhe dort!
・・・お前の安らぎはあそこにあったのに、と。




Ende

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枠内のドイツ語は全て Wilhelm(ヴィルヘルム) Müller(ミュラー) Winterreise(ヴィンターライゼ)(冬の旅) 」より「Der(デア) Lindenbaum(リンデンバウム)(菩提樹)」
訳は一応オリジナル。特に一つ目は意訳しすぎかもです。すみません。

(詩の最後の一文は、読み方次第ですが・・・。「あの時、恋人の元で死んでおけば良かったのだ」と
永遠の安らぎ=死、であると読み取る風が強いように感じています・・・。暗い、暗いぞ。ドイツ!)

つまり「人としてお前の帝都で生きろ」VS「貴方の傍で死にたかったのに」と。

うっかり派生した「白い甲冑」と、閣下 おまけは、くれぐれもそれぞれのファンの方のみ、どうぞ。